katsuyalog

備忘録として書いています。

1週間新生児を子育てしてみて思ったこと

睡眠時間が足りないという一言に尽きる

3時間おきにミルクをあげないといけないので、そのリズムに慣れないといけない。ミルクの時間以外にもオムツの交換や、ぐずり出してあやす時間を含めると、途中で寝る時間は1〜2時間と細切れの睡眠になる。

基本的に抱っこをすれば泣き止ませることができるが、双子だと両方泣いた場合は、1人で対応することはまず不可能。親2人で2、3日はみていたが、妻は産後明けで体調も完全ではなく、自分も不慣れで時間がかかり、体調を崩しかけた、初めはまずは自分や妻の両親を頼るべきだったと感じる。1週間経つとなんとなく、こちらも手際がよくなったり、子どもの傾向がわかってくるので、少し余裕ができてきた。双子に対して、子守りをする人は3人が必要だと本当に実感した。子ども1人に対して1.5人が必要。自分は初めての子どもだったので、新生児2人に正面から向き合うことができるが、もし上に子どもがいた場合は、もう発狂しているだろうなと感じる。

そしてこの寝れていない状態で、夫婦お互いの職場に対して、出産や育休の申請をしないといけない。産まれてからじゃないと申請できないのはわかるが、頭が回っていない状態で、文字を読んで理解するのはキツすぎる。これが足りない、ここが間違っている、そのやりとりすら時間を確保するのも難しい。世の中の親はこの作業をやっているとしたら、みんなすごすぎる。もう少しマイナンバーカードもあるので、そういったものを使って市や職場の方でうまくできないもんなのかなと思う。寝れてないストレスとわからないストレスでこの期間のかなでも1,2ぐらいにしんどかった。

 

全然寝れていないくて、あまり頭が回っていないけど、自分の子どもはやはりかわいい。それだけで動けている気がする。

ちゃんと時間をとって子どもたちの記録を残すことも忘れがちなので、やっていきたい。

 

初めて自分の子どもを抱っこした

昨日保育器越しに会ってから1日が経って、今日初めて直接会うことができた。

 

会った時は2人とも寝ていて、抱っこするのが少し申し訳ないけど、声をかけながら抱っこした。嬉しいよりもこの抱き方であっているかな、苦しくないかなという気持ちの方が大きかった。

首が座っていないので、頭を支えて持ち上げないといけなく、持ち上げる瞬間が一番怖かった。1人の子は案の定抱っこした習慣に泣き出し、起こしちゃって申し訳なかった。その後もう1人の子を抱っこした時は、そのまま寝続けたのでタイプがちがうなと思った。

昨日まではお腹の中にいたのに、産まれてからすぐに外の世界で適応していきている。環境が変わっても生きていく力、自分も見習っていきたい。

そして妻は手術の後で歩くのがとても辛そうだった。3時間おきに授乳が必要で、その度に起きないといけない。想像しただけで大変なことがわかる。家に帰っていたら休めるように自分が動けるようにしてきたい。抱っこの仕方やミルクのあげ方、おむつの替え方、お風呂の入れ方、いろいろ覚えないといけないことがたくさんある。一個づつ勉強して親になってきたい。

 

新生児は3000gが目安だが、うちの子は2人とも小さい。いっぱいミルクを飲んで大きくなって欲しい。

子どもが生まれた

今日帝王切開で双子が産まれた

 

3月11日という東日本大震災があった日に産まれるのは何かの縁かな。

不妊治療からの妊娠、そして1月からの切迫早産の入院。ここまで来れたのが本当に奇跡だなと思う。

旦那の自分ができることはほとんどなく、病院に荷物を届けにいって、手術当日は無事を祈るのみ。

自分は手術を受けないのに、前日はほとんど寝れなかった。二人の子どもたちは無事に産まれてくるのか、妻の方も問題なく手術は終わるのだろうかということから皮切りに、自分が親になるのか、子どもが産まれたらどんな生活になるんだろうか。といろいろ考えているうちに日付が変わっていた。

看護師から手術が始まって30分くらいで子どもは出てくるよ。その後に保育器に入って会えるからという説明を受けた。

その後手術室の前で妻と別れた。待合室で1時間経つが、一向に来ない。何かあったのかめちゃくちゃ心配した。いつもは時間があっという間に過ぎるのに、この時の1分はすごく長く感じた。後から聞いたら麻酔がうまくいかずに手術の時間が伸びたらしい。母体にトラブルがあったのかな、子どものどちらかに問題があったかしかないないと思ったので、待っている間に覚悟をしなくてはいけないと思った。

1時間20分後に2人がそれぞれ保育器に入ってでてきた。2人とも眩しいのか目を閉じてベロを出していた。元気そうで安心した。自分の子どもたちなんだと頭では理解しているのだけれど、気持ちが追いつかない不思議な感覚だった。(これを書いている今もまだ実感はあまり湧いていない)

看護師に聞いたら妻の方も問題ないとこの時に知った。2人の子どもたちはこの後検査と体重の測定があるということで数分程度保育器越しに確認をして別れた。

手術を担当した執刀医から説明を受けて、出血量もあるけど、想定内で問題なく母体の方も大丈夫という説明を受けた。とりあえず妻側には大丈夫そうということで一安心した。

その後、新生児科の先生が来て、1人目の子が体重が2330gで低体重ということで、血糖値の管理をしないといけないという話を受けた。元々双子の帝王切開で週数も37週での出産だったので、覚悟はしていたが、いざ説明を受けると怖い。低血糖で問題があるとNICUに入るかもしれないと言われ、NICUに入る可能性は元々あることは理解していたが、さっき見た赤ちゃんがうまく生きることができなかったらどうしようと不安だった。

経過観察とミルクがちゃんと飲めれば大丈夫ということで、飲めない場合は点滴になるという話だった。こんな小さい時から点滴は辛いなと思っていたが、その後看護師から聞いたら、しっかりミルクを飲めて検査も問題ないということで特に心配がいらないとうことで安心した。

その後手術を受けた妻と会った。産まれてすぐに2人に会えて、指を握ってくれたと話を聞いた。保育器越しにしか見れなかった自分は早く会いたいなと思った。下半身は麻酔で感覚がないらしく、痛み止めと生理食塩水の点滴をしていた。2時間前までは大きなお腹をしていたのに、このときあった妻のお腹はへこんでいて少し見慣れなかった。明日の朝までは点滴を続けて、明日も食事はお粥。2ヶ月以上入院して、部屋からもほとんど出られず過ごしてきた妻はすごいなと思う。もう自分とは違って親になるという覚悟が決まっている感じがして、母は強いなと思った。

自分も父親になることは頭ではわかっているが、実感がまだない。すごくふわふわしていて、心地よい夢を見ているような感覚になる。やっぱり産まれてきて、いざ子どもを見ると言葉では表せない感覚になる。自分が守っていくという覚悟、できるのかなという不安、健康でいれるかなという心配どんな子になるのかなとう希望。いろんな感情が混ざり合って不思議な感覚に陥っている。友達が子どもが産まれたのと、自分の子どもが産まれるのはどちらもうれしいことだけど、全然種類が違うことを今日感じた。

今日1日はすごい濃密な時間で、子どもたちが自分に親になるんだよと教えてくれたような気がした。一番辛かったのは妻だと思うので、これから体力を戻していくためにも双子を周りを頼りつつもしっかり自分が見ていけるように準備したい。来週の今頃には自宅に3人が帰ってくる。この2ヶ月は1人で過ごしていた家から4人で住む家になる。楽しみと不安が混在している経験をさせてくれて本当にありがとうという気持ち。親もこんな気持ちだったのかなと思うと、改めて親とも話したいなと思った。

妻におつかれさま。双子に自分たちのもとへ来てくれてありがとう。明日きちんと口に出して伝える。そしてこの時の気持ちを忘れないで、子どもたちに向き合ってきいたい。

実家に帰って感じたこと

実家に帰るととても気が緩む。

 

家でやることがないからなのか普段よりも時間がゆっくり流れている気がする。

それだけでなく、守られているという感覚もある。

何かしなくちゃいけないという想いがなくなる。リラックスできている状態なのは間違いない。ただしばらくすると飽きたなという感覚も来る。

忙しくしたくないな、働きたくないなと、いつも思っているのに、いざその状況で過ごしてみると満足して飽きる。

 

すごく不思議な感覚。その場所に居たくないわけではないのに、もういいかなとなる。

いつもより良く寝れる気がするし、たくさんご飯もでてくる。本当に感謝しかない。それでもやっぱり自宅で自分の決まった生活もしたいなとも思えてくる。一緒に過ごしていたり、近所でルーティーンが決まっていたらそんなことがないのかもしれないけどなんとなくここには長くいなくてもいいかなという感じが来る。

決して嫌なわけではないけど、お客さんの感じが少し出る。少し高めのご飯がでたり、寝床がきれいに準備されていたり。そこが実家で暮らしていたときとの違和感なのかも。だからあまり長くはいなくていいのかなと感じているのかもしれない。

 

親と子という関係性は変わらないけど、接し方はこうやって変わってくるんだなと感じた。ところどころ親のおせっかいは変わらないけど、それもそれでなつかしい感じもするし、学生の時にはわからなかった親の気持ちも少しわかる気がした。

来年には子どもが生まれる予定。自分も子どもが安心して帰ってこられる家庭、場所を作っていきたいなという気持ちにもなった。

 

 

 

 

税金や社会保険料について考えが変わった

給料の明細をみて税金、社会保険料が高いなとずっと思っていたけど、高額医療費制度や産休中や育休中に給付金を受ける立場になってすごくありがたいと感じるようになった。

 

社会をささえるために税金や社会保険料は大切だとは言われていたけど、正直高額医療費や産休や育休でもお金を受ける立場になるまでは、なんでこんなに払わないといけないんだと思っていた。

社会のインフラを整えるためには必要ということは知っているけど、実際に個人で受け取るものは普通に生活していると実感がない。

不妊治療をして、医療費が50万くらいの金額になったけど、高額医療費のおかげで20万近く戻ってきた。この経験をしたからこそ、社会保険があってよかったなと思った。

 

これから無事子どもが生まれてきたら育休に入る予定。その際も育児給付金をもらうことができる。本当にありがたい。

こうやってサービスを受ける身になって、初めて自分も働いて税金や社会保険料を納めていこうという気持ちになった。

もちろん高すぎて普段の生活を圧迫しているのは事実なので、その辺りはうまく政治家の人たちにがんばっていただきたい。

 

集めたお金を適切に使うというのは言うのは簡単だけど、実際にやるのは難しいと思う。配分するときには、こっちが多い、こっちは少ないという話が出てくるし、みんなが平等とはいかない。完璧な平等は望んでいないが、少なくともがんばっている人には適切なフォローをして、前に進めるような制度にしてもらいたい。

こうやって書いてみてるけど、制度を作るっていろんな方面から考えないといけなくて非常に難しい。法律を作るって仕事はすごいな。

 

すごい話が飛躍していったが、税金や社会保険料を払っているから、その分サービスを受けれているという実感を個人が感じれることが大事だと思った。

税金や社会保険料を納めている人にとっては、払った分のサービスを受けれているのか(受けれるのか)ということがとても大事だと思う。将来のための年金とはいうけれど、少子高齢化で先細りしていくことは見えている。

それでも払っていることで今後大丈夫ですよ。みんなこういうサービスのために使っているんですよ。あなたも受けているんですよという部分がわかるようになればよいなと思った。

 

話すって体力を使う

何かを発表したり、自分が主導権を握って話すってかなり疲れる

 

普段よく喋る人だったらよいのだが、あまり関わりがない人と会議をしたときの疲労度がハンパない。話してる時間はそんなに長くないはずだけど、沈黙の間とか、人に話を振ったときに嫌がられるにがイヤだなとか考えてしまい疲れる

参加してるんだから発言はするべきと割り切っていけば良いのだが、そこまでのメンタルはない。前よりは年齢を重ねて強く(鈍感)にはなってきているとは思うが、自信を持ってできるようにしていきたい

文章であっても会話であっても、伝える技術は改めて大事だなと感じた。何が問題で、どうしていきたい。どこまで決定しておきたい。そう言ったこと認識のづれがないようにできたら良いな

 

技術つけて話す体力をつける

気が緩みすぎると何かのハラスメントになりそうで怖いし、慎重に行くのは今のまま通りで忘れずに

吐き出す練習

2025年も気がつけばあと2ヶ月を切っている。

年を重ねるにつれて時間がどんどん早くなっている気がする。小学生のときは、1ヶ月先とか遠いなと思っていたけど、今は3ヶ月とかでも、もうすぐに来るじゃんとか思っちゃっている。

 

同じ毎日の繰り返しではないけれど、自分は何をしていなのかあまり思い出せない。思い出す時間がないだけかもしれない。仕事が終わったらYoutubeやテレビを見て、1日が終わる。その日1日だけ見れば悲しいことではないのだければ、振り返ると何をしていたんだろうと思う。

その時自分は何を感じて、何を考えていたんだろう。そういった感情の記録とかあってもいいのかなと思った。

 

記録をする。日記をつけたり、出来事を書いたり、そうやって記録をしていくのが大事なのかもしれない。自分を客観的に見れるし、あーもっとこうしておけばよかったのかなと振り返れる。

ただ意外と書いてみると、うまく書きたいことを書けていないなとか、同じような文章書いているなとか、言葉遣いおかしいなと。こんなにもうまくできないのかと悲しくなる。

 

いままで書く練習とかしていなかったし、日記をつける習慣もなかった。

やろうとはしていたけど、続かない。どうしても書いている文章が変だなとか思って投稿するのをやめてしまう。

うまくできないからやらない。では何もできない。

来年には子どもが生まれる予定。嬉しい反面、自分はちゃんと父親になれるのだろうかと不安に思うことがある。

今現在も妻が妊娠中だが、自分ができることがほとんどない。つわりで苦しい時も、苦しさはわからないし、さすったり水を持ってくことくらいしかできない。

今は安定期の期間にははいっているが、むくんだり腰が痛いなどの問題がでてきている。

母親になる準備を実際に感じながら準備しているのに対して、自分はまだあまり実感がない。あまり直接目の前では言えないが、世の父親の人はどうだったんだろう。

 

話が少しそれたが、うまくできないからやらない。は言い訳だと絶対子どもに言うと思う。その時に自分はできていると自信を持って言えるようにしたい。

やりたいことがあるなら、上手くなくてもやってみな。続けたら変わるからと。いうと思う。

私も文章をうまく描けるようになりたい。そのためにこうやって吐き出す練習をしていく。

・文章を書けるようにすること。

・自分の気持ちを吐き出せるようにすること。

 

今までは変に目標とかルールとか決めてしまっていたので、あまり気負わずやっていく。